#001_デザイン思考とはなにか:デザイン方法論史から

今回は初回として「デザイン思考 (Design Thinking)」というシニフィアンの意味内容を適切に歴史的潮流からまとめたい。 具体的にはデザイン方法論の歴史を概観し「デザイン思考」そのものをまとめ、それがビジネスに接合したまでの経緯を明らかにする。ややハードな記述になるがご容赦いただきたい。

「デザイン思考」というワードは特にビジネス世界において昨今バズワードである。 一部の企業ではその方法論のインスールを急務としているが、果たして「デザイン思考」なるものがいかにして明らかになり、注目され、有用なのか、そうした議論は日本では特に少ない。 こうしたワードに敏感なビジネスマンと議論や共同研究を積むたび、デザイン思考は実践者の多くでさえ「IDEOが作ったイノベーションを起こす方法」「人間中心設計(Human Centered Design)アプローチによるイノベーション開発」程度にしか理解されていないのが現実であるように筆者は感じている。筆者はこのデザイン思考への浅い理解度は、むしろデザイン思考をビジネスの現場にインストールすることにおいてリスクになっていると考えている。なぜならその浅い理解では急進的な解決案(アイデア)をつくることはできないし、ましてや十分に満足できる課題解決すらできない可能性があるからだ。

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ここでのデザイン思考の定義は「デザイナーの問題解決プロセス=思考」であり、つまりはデザイナーの方法論 (Design Method)を指すことにする。 従ってデザイン思考の歴史的潮流を概観することは、デザイン方法論の歴史的な流れを概観することであるといえる。 今回はビジネスに応用されたデザイン思考を議論の中心に据えるため、学術領域としてのデザインリサーチ (Design Research)に関わる今日までの変遷には直接触れない。

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ーーーーーーーーーーーーーー1960s|初期デザイン方法論「分析ー統合ー評価」

デザイン方法論の歴史は1964年にインペリアル・カレッジ・ロンドン (Imperial College London)で開催された学会「The conference on systematic and intuitive methods in engineering, industrial design, architecture and communications *1」がはじまりだと一般的にいえる。この学会を皮切りにデザインが学術対象 (Science)として扱われるデザインリサーチ (Design Research)というものが立ち現れたためである。当時のデザイン方法論に関する大方の合意は予めリストのように並べられた条件を全てクリアすれば問題は解決できる(デザインできる)という「分析ー統合ー評価」のプロセスであった。この学会を取り仕切る一人であったジョン・クリストファー・ジョーンズ (John Christopher Jones)*2も当時こうしたデザイン方法論を発表していた。このプロセスは一般に工学的 (Enginnering)と呼ばれるものであると筆者は理解している。

 

ーーーーーーーーーーーーーー1970s|デザイン思考の核「意地悪な問題 (Wicked Problems)」

しかしながら社会が高度化し、よりデザインする対象が複雑な様相になることで先に決めた課題リストのみのクリアを目指す「分析ー統合ー評価」型のデザイン方法論(問題解決プロセス)は自然と立ち行かなくなる。この現実社会の問題の極度の複雑性ついて言及していたのが1973年のホルスト・リッテル (Horst Rittel)である。リッテルによって著された 「Dilemmas in a General Theory of Planning *3」では科学 (Scienece)はこれまで「飼いならされた問題 (tame problems)」にアプローチして唯一無二の最適解を導き出してきていることを述べ、デザインの対象である現実世界の問題はより複雑であり唯一無二の最適解 (optimal solution)など存在しない「意地悪な問題 (Wicked Problems)」であること述べている。この意地悪な問題と呼んだ現実世界の問題の性質をリッテルは以下の10点で示した。

 

1. 解決という行為は新たな問題理解を新たにもたらしてしまう

ある問題に対する理解は、解決しようとすることでも生じてしまう。

Problem understanding and problem resolution are concomitant to each other. (p161 *3) 

 

2. 解決に関して”ここでおわり”というものがない

永久に完全解決できないために論理的に「おわり」を決められない。従って「予算がない」「この解決案でいい気がする」のような非論理的な理由で問題解決を終えなければならなくなる。

 

3. 解決に関しては”真か偽か”ではなく”良いか悪いか”である

Their assessments of proposed solutions are expressed as "good" or "bad" or, more likely, as "better or worse" or "satisfying" or "good enough." (p163 *3)

解決案が算数(◯1+1=2, ☓1+1=3)のように「正しかった・間違えていた」ではなく、「良い感じがする・悪い感じがする」という満足度の尺度しかあり得ない。

 

4. 解決案に関して完全な検証はできない

実行した解決案がどこにどんな影響を及ぼしているかは完全にわからないために、問題に対しての解決案を完全に検証することは出来ない。

 

5. 解決案を一度実行すると、その問題はより複雑になる

一度問題解決案を実行してしまうと、それは問題そのものに新たな変数を与えていることになるのでより問題が複雑化する。例えて言うならば⌘Zをして一個前の状況に戻るということができないこと。(この例えが分かる人もいれば、わからない人もいると思うが。)

 

6. どんな解決案が問題解決に一番効くかわからない

問題を完全に分析して認識することができないためどんな解決案が一番ポテンシャルがあるのかはわからない。逆に言えば思わぬ解決案がブレイクスルーをもたらす可能性がある。

 

7. 全ての問題が固有であるため分類できない

全ての意地悪な問題はそれでしかあり得ないため、教科書のように「◯◯のパターン」といったように問題を分類化して、解決に直接役立てることができない。

 

8.  全ての問題は他の問題の前兆である。

Thus "crime in the streets" can be considered as a symptom of general moral decay, or permissiveness, or deficient opportunity, or wealth, or poverty, or whatever causal explanation you happen to like best. (p165 *3)

例えば「夜道での強盗」はそれ自体が問題だが、この問題は同時に「貧困」や「教育」「警察機能」など様々な問題の前兆にもなっている。

 

9. 問題がいかようにでも説明ができるため、その説明の仕方が解決案の方向を左右してしまう

前述の性質の通り、ある問題はある問題に結びついているため、もともとの問題をどう説明するかによって何にアプローチするのか変わってしまう。

 

10. 意地悪な問題に取り組む者は、解決案に責任を負うことになる

学術的な世界ではある理論がある理論に取って代わられても、否定された理論を提唱したものは決して責められない。しかしながらこうした「意地悪な問題」に取り組む者は、以上のような9つの「意地悪な」性質あるにもかかわらず、その解決案の実行に責任を負うことになる。

 

まずこの「意地悪な問題」から言及したいのは、”デザイナー”という仕事が「ただかっこいい見た目を作る人達・ただかわいい見た目を作る人達」ではないということだ。デザインを専門とするということはこうした「複雑に絡み合い永久に完全解決できない問題を解決しようとする人達」として考えられているのである。

またこの「意地悪な問題」の自覚こそがビジネスの現場でデザイナーのような思考プロセスを構築する”デザイン思考”が有用たる所以なのだが、実際それが広く知られていることは少ない。

 

ーーーーーーーーーーーーーー1980s|デザイナーの思考プロセスの解明「一次生成案:プロトタイピング」

先述の通りデザイナーは特に1970年以降「意地悪な問題に取り組む人達」になっていた。正直この「意地悪さ」を自覚して問題解決している人種は少ない。ビジネスの領域ではロジカルシンキングの一つの手法としてMECE (Mutually Exclusive and Collectively Exhaustive)を用いて問題を理解しようとする。しかしながら実際、経営コンサルタント達が取り組む問題において関連する要素をそもそもすべて洗い出すことができるだろうか。実際それは難しいだろう。すなわち経営課題やビジネスでの問題解決は唯一無二の最適解が導出できる「飼いならされた問題」ではなく「意地悪な問題」なのである。だからこそビジネスにデザイナーの思考を応用すべきなのだ。

「意地悪な問題」を自覚したデザイナーがいかにしてその解決案の導出を行っているのか。これを知ることはビジネスにおいてデザイン思考を具体的どう活用するのかを示してくれる。デザイナーの具体的な問題への取り組み方についての議論がデザイン方法論史でされ始めるのは主に1980s以降である。

そうしたマクロなデザイン方法論に関する議論をここでは1980年に英・シェフィールド大学 (University of Sheffield)建築学部教授ブライアン・ローソン (Bryan Lowson)によって著された『How Designers Think *4』からスタートする。ローソンは同大学のジェーン・ダーク (Jane Darke)によってすでに一年前示していた建築家の思考プロセス「一次生成案(primary generator)*5」を前提に、デザイナーや建築家が解決策志向 (solution-oriented)の問題解決プロセスを持つことを科学的に実証した。

ダークによって示された一次生成案(primary generator)」とは建築家が複雑に絡み合った条件をクリアするためにプロセスの早い段階で起こすアイデア(スケッチや模型なり)のことで、ダークは建築家の観察とインタビューからこの存在を明らかにした。この一次生成案(primary generator)はいまでいうと”プロトタイピング”という語とほぼ同義であると考えていいだろう。

Thus a very simple idea is used to narrow down the range of possible solutions, and the designer is then able rapidly to constructand analyse a scheme. (*4 p46)

またこの複雑で難しい「意地悪な問題」に取り組む建築家やデザイナーの一次生成案というプロセスの独自性は、先述の通りローソンのより科学的な実験から実証されることとなる。建築学科に所属する学部生(最高学年)と心理学専攻の大学院生を対象にしたこの実験では、まず各学生グループに複数の色がついた様々な形状のブロックを大量に渡し、それを用いて縁が赤または青で揃った平面1面を作るように指示した(つまり平面の内側に違う色があっても構わない)。この問題の解決プロセスにおいてより科学的な思考傾向のある心理学専攻の大学院生は平面を作り得るブロックのパターンをできるだけ多く試すことで、まずは「平面をつくる」という問題を解決した後、「色を合わせる」という次の問題解決フェーズに移行したという。しかしながら建築学科の学生たちはまずは適当に1色を選び、それで1色で揃えた縁をもつ平面らしきものつくり、その後に完全な平面をつくるのに不足していた部分を他の色で組み合わせていったという。この実験から前者は問題志向型 (problem-oriented)で後者の建築家としての思考は解決志向型 (solution-oriented)であることをローソンは実証したのだ。

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こうしてローソンが証明したことはつまり、デザイン思考というものは問題の所在の議論は早々にひとまず終え、とりあえずの解決案 (solutionまたはprototype)という仮説を投げることで、不明瞭だった意地悪な問題の要素を明らかにすることを繰り返す思考のあり方であるということだ。したがって「デザイン思考=エスノグラフィ」や「デザイン思考=ポストイットを用いた会議」のような理解は決して間違いとは言わないが、甚だ本来のそれとは遠い。

繰り返すと「デザイン思考」にはどんなクオリティであるかの議論は差し置いておくにせよ、解決策という仮説の生成(多くは物理的)がなければそれはデザイン思考ではないのである。

(※この「生成 (generate)」という言葉に関しては1980sよりも前にハーバート・サイモン (Herbart Simon)*6やロバート・マッキム (Robert Mackim)*7などによって重要な示唆があるがそれを説明するとあまりに長くなるのでここでは差し控える。)

この「一次生成案」というデザイナーの思考プロセスの発見は1984年にもドナルド・A.ショーン (Donald A Schön)『The reflective practitioner (省察的実践とは何か―プロフェッショナルの行為と思考 ) *8』でも省察的実践 (reflective practice)」として繰り返しまとめられた。 デザイン思考 (Design Thinking)という言葉そのものは1987年ピーター・G・ロウ  (Peter G Rowe)の「Design Thinking*9」よって根付くこととなる。

 

ーーーーーーーーーーーーーー1990s|機械と人間の関係性のデザイン「人間中心設計 (Human Centered Design)」

1980s後半以降から2000年にかけてデザイン方法論の議論は「機械と人間の関係性」におもにフォーカスした「人間中心設計 (Human Centered Design)」が隆盛する。日本ではしばし「ユーザー中心設計 (User Centered Design)」と「人間中心設計 (Human Centered Design)」が区別せずに用いられることもあるが、これは歴史的な流れを追うことでしっかりと区別することができるのではないかと筆者は考える。

ユーザー中心設計の源流は、1945年以後アメリカで起こった戦後の大規模工場を背景とした大量生産・大量消費の社会モデルにある。大量生産・大量消費を前提とした社会でのデザインはその生産効率性の観点からある程度の「規格化」が求められていた。そこで開発されたのが規格人体・エルゴノミクス(Ergonomics)である。これは1950年代にル・コルビジェ (Le Corbusier)によって提唱されていた人体寸法と黄金比から算出された建築基準数列である「モジュロール (Modulor)」の考えから派生した工業規格である。こうしたデザイン方法論はまさに先に述べた1960年代のデザイン方法論の合意であった「分析ー統合ー評価」プロセスの具体例である。そして一般にこの領域は人間工学 (Human Engineering)として今日も存在しており、これをデザインの文脈で語るとユーザー中心設計 (User Centered Design)にあたる。この人間工学の世界では「規格化された身体寸法」のほかに、ヒューマンファクター (Human Factor)という規格化しうる人間の生理反応や心理反応を考慮するというもう一つの派生元が存在しており、前者は主にヨーロッパから、後者は主にアメリカから生まれたものである。ここで言及しておくべきなのはユーザー中心設計というデザイン方法論はすなわち、やや「意地悪な問題」を無視するように”ユーザー”というフレームをかませることで「飼いならされた問題」としてデザインを取り扱ったということだ。

ユーザー中心設計というデザイン方法論は先述の通り1980s後半から1990年に現れたものではない。特に大量生産・大量消費の社会モデルが現れることで、その潮流が流れ始めている。今回冒頭に紹介した「The conference on systematic and intuitive methods in engineering, industrial design, architecture and communications」ももとはといえば、効率的な生産に向けてデザイン方法論を検討しようというものであったため、このユーザー中心設計は1960年的なものと言える。また、ここで同時に確認できるののは近代以後のデザインを語るにおいてそれは工学 (Engineering)と切っても切れない関係にあるということである。

しかしながら「人間中心設計 (Human Centered Design)」は先のユーザー中心設計と異なり、デザイン方法論としての登場は1980s後半から1990年といえる。1980年後半から新たなデザイン対象として現れたのがパーソナルコンピュータをはじめとする「一般人向けの機械」である。専門的知識を持たない人々でも高度な機械を生活に取り入れることが可能になったのがこの時代である。その代表例がGUI (Graphical User Interface)である。GUIとは操作に専門的なコマンド入力を行うこれまでのパーソナルコンピュータと異なり、現在のPCのようにマウスでアイコンをクリックするといった、より直感的で簡単な操作のことである。こうしたアマチュア向けの機械が社会に登場することで、デザイナーはこれまでのモノ単体または画面 (User Interface)のデザインから「経験 (User Experience)」や「関係性」といったより不確実で複雑なデザイン対象の拡張を余儀なくされたのである。一般にこの「機械と人間における経験や関係性のデザイン」という領域はインタラクション・デザイン (Interaction Design)*と呼ばれている。(*工学領域でもHCI=Human Computer Interactionという類似分野が存在する)この言葉を生み出した人物こそ1991年にIDEOを設立したうちの一人であるビル・モグリッジ (Bill Mogriddge)であり、この領域に必然的にアクセスすることになったのが複合プリンター機を製造していたゼロックス社 (Xerox)である。ゼロックス社がカルフォルニアに開設したパロ・アルト研究所(Palo Alto Research Center / Xerox PARC)ではこのプリンターの画面(インターフェース)と使用者との関係性の問題を探るため、実際にその使用者を開発の現場に招き入れ、文化人類学(Cultural Ethnogpaphy)の専門家・手法を用いて分析を行った。これが今日ビジネスにおけるデザイン思考においてメジャーになっている手法の一つ「エスノグラフィ (より正しく言えばDesign EthnographyまたはRapid Ethnography)」の走りにあたる。しかしながらここで重要なのはこのエスノグラフィではない。デザインのプロセスに実際の使用者を招き入れたことが重要なのである。これまではモノを作る側と使う側は「デザイナーとユーザー」として明確に分けられていた。しかしながら、デザイン対象がモノから経験へ拡張する中で、デザイナーはより複雑になった問題を解決するプロセスにユーザーを招き入れざるを得なくなったのである。言い換えればこれまでユーザーと呼ばれていた人々がデザインプロセスにおいてデザイナーのように参加することになったのである。ここまでくれば「ユーザー中心設計」 と「人間中心設計」の差分は明確ではないだろうか。前者は”ユーザー”と呼ばれる人の規格を決めてしまい、その条件をクリアすることを目標にしていたものであり、後者はデザインプロセスに”ユーザー”を招き入れることで彼らがどのように機械操作に迷いや誤った判断をしているか参考にしたうえでプロトタイプを生成し、さらに彼らにそれをテストしてもらうことでより良いデザインを生み出そうとしたものなのである。言い換えれば前者はやや1960年代のデザイン方法論の毛色が強く「飼いならされた問題」へアプローチしているもの、後者はより「意地悪な問題」へアプローチしているものといえる。筆者はユーザー中心設計の知見(特に人間工学的なもの)が今日に全く役立たないとは言わないが、やはりやや限界があるデザイン方法論といえると考えている。

このユーザー中心設計から人間中心設計への昇華の歴史において欠かせない人物がドナルド・ノーマン (Don Norman)である。彼が著した1986年の『User Centered System Design: New Perspectives on Human-computer Interaction』や1988年の『The Design of Everyday Things』ではユーザーによるエラーを最小限にするデザインを実現するためにエンドユーザーを設計プロセスへ招き入れる方法論として「ユーザー中心設計」の概念が唱えられている。言葉こそ「人間中心設計」ではないが、ここでのノーマンの主張は「ユーザーの理解を理解する」というものであり、1960年代のような「ユーザーの規格を決めてユーザーを理解する」というものでなかった。この「ユーザーの理解を理解する」ということは後にクラウス・クリッペンドルフによって「二次的理解 (Semantic Turn)*」として説明されることとなるが、この二次的理解を実現するためにデザインプロセスに使用者を招き入れるデザイン方法論こそが「人間中心設計」なのだ。

またユーザーという単語を消費者に置き換えれば、「消費者の理解を理解する」ということになる。これはすなわちニーズより深いレベルで消費者を理解し、彼らから消費につながる洞察 (Insight)を得るということに意味する。まだ誰も知らない消費者の洞察を獲得し、それを適切に実現できればそれは必然的に革新的または市場にインパクトを残す製品やサービスとなる。このことをコンサルティング企業として証明したのがIDEOを始めとした企業であり、ビジネスにおいてデザイン思考が結びついた背景である。従ってデザイン思考は経営学(またはビジネス)の領域から生まれたのではない。デザインの分野からその方法論がビジネスに応用されただけのものなのである。 

ビジネスにおけるデザイン思考は「エスノグラフィなどを用いた人間中心設計」と理解されている傾向があるが、それは正しい説明ではない。1980sの議論を踏まえると今日のビジネスにおけるデザイン思考の正しい説明は「プロトタイプを前提として意地悪な問題にアプローチし、人間中心設計をおこなうこと」なのである。

 

ーーーーーーーーーーーーーー2000s-|脱人間中心設計 (Post Human Centered Design)

「製品から経験へ」というデザイン対象の拡張は留まることを知らない。またインターネット前提社会の今日においてその社会変化のスピードは過去のそれとは比べ物にならず、その不確実性は増大する一方である。こうした社会のなかで1990s後半から現在までデザイン方法論は様々な語り口があると筆者は考える。(当然先述した時代もその記述の視点には様々あるとは思われるが)しかしながら、筆者はこうした「拡張し続け、極度に複雑化するデザイン対象」というものを前提に、ビジネスにおける応用されるデザイン思考として①急進的デザイン方法論 ②エコシステムデザイン方法論 (オープンデザイン論的?)という2つで切り口で語りうる脱人間中心設計 (Post Human Centered Design)を以後ぜひ検討したい。ただここからはの新たな話は本記事の趣旨とはずれるばかりか、ここから新たな議論を始めるのにはあまりにも無謀すぎるので、以後の記事のネタとしてとっておきたい。

 

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以後の掲載予定のネタ(かもしれない)

ーデザイン思考とはなにか:経営学史から

ハーバート・サイモン「システムの科学」とデザイン思考

ーデザイン思考の核「生成 (generate)」とビジネス

ーデザイン思考2.0「脱人間中心設計 (Post Human Centerd Design)」

ー参加型デザイン(Prticipatory Design)

ークリエイティブ・リーダーシップ

ーリアルオプションとデザイン思考

 

ーーーーーーーーーーーーReferrence/

-水野大二郎(2014)「学際的領域としての実践的デザインリサーチ―デザインの、デザインによる、デザインを通した研究とは

-水野大二郎,筧康明,連勇太朗(2016) 「10+1 web site|スペキュラティヴ・デザインが拓く思考──設計プロセスから未来投機的ヴィジョンへ|テンプラスワン・ウェブサイト

-*1 Imperial College London(1962) The conference on systematic and intuitive methods in engineering, industrial design, architecture and communications

-2John Christopher Jones(1970)「Design Methods

>>>翻訳・池辺陽(1973)「デザインの手法―人間未来への手がかり

-*3 Horst Rittel, Melvin Webber(1973) 「Dilemmas in a General Theory of Planning

-Rikke D,Teo Yu Siang(2017)Design Thinking: Get a Quick Overview of the History | Interaction Design Foundation

-Nigel Cross(1982) 「Designerly Ways of Knowing

-*4 Bryan Lowson(1980) 「How Designers Think」*同タイトルで1990年に書籍として販売されている。

-*5 Jane Darke(1979)「The Primary Generator and the Design Process

-*6 Herbert A. Simon(1969)「The Science of Artificial」 

>>>翻訳・稲葉元吉/吉原英樹(1999)「システムの科学

-*7 Robert Mackim(1973)「Experiences in Visual Thinking

-*8 Donald A Schön(1984)「The reflective practitioner

>>>翻訳・柳沢昌一/三輪建二 (2007)「省察的実践とは何か―プロフェッショナルの行為と思考

-*9 Peter Rowe (1987)「Design Thinking

>>>翻訳・奥山健二(1990)「デザインの思考過程

Peter Rowe (1987)「Design Thinking

>>>翻訳・奥山健二(1990)「デザインの思考過程

-Donald A Norman(1986)「User Centred System Design: New Perspectives on Human-Computer Interaction

-Donald A Norman(1988)「The Design of Everyday Things

>>>翻訳・岡本明/安村通晃/伊賀聡一郎/野島久雄(1990)「誰のためのデザイン?

-Klaus Krippendorff(2005)「The Semantic Turn: A New Foundation for Design

>>>翻訳・小林昭世(2009)「意味論的転回―デザインの新しい基礎理論

-慶應義塾大学SFC水野大二郎研究室(2016)「Transition Design for Solving Sociotechnical Problems | 複雑化するデザインの未来を語る

-Mark Stickdorn/Marc Stickdorn/Jakob Schneider(2012)「This is Service Design Thinking

>>>監修/翻訳・長谷川敦士/武山政直/渡邉康太郎/郷司陽子「THIS IS SERVICE DESIGN THINKINGー領域横断的アプローチによるビジネスモデルの設計

-Terry Irwin, Cameron Tonkinwise, Gideon Kossoff(2016) 「Transition Design: An Educational Framework for Advancing the Study and Design of Sustainable Transitions

-Donald A Norman(2016)「DesignX: Complex Sociotechnical Systems

-IDEO(2016) The Circular Design Guide

 

#000_はじめに

このブログは「デザインと経営学(またはビジネス)の複合領域= desigement (design +management) 」についての私のノートブックです。そこでこのブログのキーワードはデザインリサーチ/デザイン思考/デザインストラテジー/デザインマネジメント/サービスデザインなどなどと言えるでしょう。

筆者は慶應SFCでこの領域を専攻し、現在は休学して豪・スウィンバーン工科大デザイン&イノベーション学部に留学をしています。そういった状況から筆者は来年度の卒業プロジェクト(論文・制作)に向け、自身の知識をまとめる意味、またそのプロジェクトにおいてアプローチしたらおもしろいと思うトピックの輪郭を明らかにする意味の2点からこのブログ(ノートブック)を書きます。

従ってあくまで、あくまでこのブログは私個人のノートブックにすぎません。

ではなぜこの私物をブログとして公開するのか。
それには主に以下の3つの理由があります。

ⅰ...デザインストラテジストのシニフィエを外に対して明らかにするため。
ⅱ...誰かにとって意外とニーズがあるのではないかと思ったため。
ⅲ...公開しフィードバックを得ることで学ぶため。

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ⅰ...デザインストラテジストのシニフィエを外に対して明らかにするため。
様々な要因から昨今の経営学またはビジネスの領域にて「デザイン」というものの価値が高まりを見せています。デザインコンサルティングファームIDEO・frog design・Designitなどの台頭をはじめ、戦略コンサルティングファームのデザインファーム買収や、企業でのデザイン思考インスール研修などがそれを示す動きでしょう。しかしながらそうした「デザインと経営学(またはビジネス)の複合領域」は特に日本ではしばし誤解されちたり、そもそもあまり知られていないことも少なくありません。こうした状況は筆者を含めこのデザインと経営学(またはビジネス)の複合領域に存在しようとする「デザインストラテジスト」という一つ職能を奪いかねません。従って筆者はあえてこのデザインストラテジストというシニフィアン(記号)を用いて、そのシニフィエ(意味内容)を明らかにしようと考えました。 よりプライベート、格好悪く言えば「デザインストラテジスト」になるためにその素養を外に理解していただけるような媒体がつくりたかったのです。まあ逆これはリスクテイキングでもあるのですが(笑)

 

ⅱ...誰かにとって意外とニーズがあるのではないかと思ったため。

これに気づいたキッカケが主に2つありまして、1点はビジネスレッド(Business-led)として「デザイン思考」に興味を持つ知人が周囲に多く関連書籍や知見の共有をして欲しいと言われることが多かったこと、もう1点はウェブメディアBiz/Zineでデザインイノベーションファームtakram佐々木康裕さんの連載"not design nor business"がバズっていたことです。この2点から筆者の個人的なノートブックを公開したらおもしろいことがあるかもしれないと思いこのブログをスタートしました。

not design nor business | Biz/Zine

その他にも筆者自身、特に海外のデザインスクールに留学されている方のブログから多くのことを学びましたので、その方々に習い、参考にしながら書き進められればと思っております。※当然ですが、ブログ内でこれらをはじめなにかを参考・引用する場合は必ず明示させていただきます。

About – Design Thinking for Social Innovation 徳久悟さん

Interaction Design Circle

 

ⅲ...公開しフィードバックを得ることで学ぶため。

これは上の1文以上でも以下でもありません。一学生として学ぶ方法としてこれを公開しようと思いました。インサイドアウト型のオープンイノベーションというとこでしょうか。